オーストラリアからのレポート 社会的包摂(Social inclusion)とメンタルヘルス
精神疾患を有する人々にとって,社会的包摂とは何か?この概念はしばしば誤解されることがあるが,2007年ジュリア・ギラード首相は以下のように明快な定義を行なっている。
「社会的包摂とは,彼らとその地域社会への投資を行なうことによって,恵まれない人々への福祉サービス的なアプローチを市場経済の中心へ移動させるための援助に置き換えることである。これは,誰もが潜在的な富の創出者と見て,人的資本への投資を行なうという新たなアプローチである」
したがって,社会的包摂とは,大きな福祉のことでもなければ,単に社会的プログラムへの支出を増やすことではない。むしろ,人に投資を行い,人をエンパワーすることを目指す方向である。そうすることで,人々は,福祉の受け手としてだけではなく,社会へ貢献し,社会の一員となることができるのである。
オーストラリア政府の社会的包摂戦略は4つの領域からなる。学習,就労,社会参加及び発言権である。精神疾患に罹った人々の生活を改善するために,キャンペーン,教育,研究などを行っているオースラリアの団体SANEは,オーストラリアの社会的包摂戦略は,最も不利な状況におかれた社会集団にとって役に立っているか,これら4つの領域において,どの程度包摂(include)されていると感じているか,また,彼らにとって社会的包摂を現実感のあるものとするためには何を行なう必要があるかを目的として調査を行なった。調査は,2010年3月から4月にかけて実施された。調査対象者の主な診断名は,うつ病(40%),双極性障害(22%),不安障害(13%),統合失調症(12%)であった。
調査結果とまとめ
 学習:教育は,仕事や社会での居場所を見つけるために重要である。しかし,回答者の54%が,精神疾患のために教育が中断し,その後も学習を継続するための支援が得られていない。
 就労:66%が,障害者雇用サービスの支援に満足していない。雇用サービスの職員は,精神疾患のインパクトに関する理解が乏しいために,精神疾患を持ったクライエントのニードを理解することが難しく,現実的でない期待を持っている。職員は,トレーニングが不十分で,精神疾患がある人たちの求職支援ができていない。
 社会参加:回答者の52%が,地域社会の一員という感覚を持てないでいる。また,42%の者が,精神疾患のために,軽視された扱いをうけたことがある。デジタル・ディバイド(訳注:情報技術格差によって生じる経済格差)も明らかになった。一般人口においては,72%の人々が,インターネットで人とつながることができているが,精神疾患を持つ人たちで,これができているのは,わずか47%であった。自分が地域社会の一員であるとの実感を持てず,歓迎されていないと感じているため,人間関係の広がりを持ちにくい。
 発言権:スティグマと差別は,精神疾患を持った人々の声に耳を傾ける上での妨げとなり,差し迫ったニードのためにサービスを求めるさいの対処行動を取り難くするため,包摂の大きな障碍になっている。回答者の69%が,精神疾患ゆえに差別を受けた経験がある。71%の者がどこへ苦情を言えば良いのかわからず,人権団体の名前の一つも知らなかった。人権団体に連絡したのはごく少数(6%)で,そのうち,81%が,手続が煩雑であることが負担になったり,役に立つ機関を見つけることができず,訴えを続行できていない。
今回の調査では,精神疾患を有する人たちが真に社会へ包摂され,彼らがなすことが可能な貢献によって社会的評価を得るまでには,まだ長い道のりがあることが分かった。
提言
 学習:教育は,精神疾患のために学ぶことを中断してしまった人々にとって特に重要である。教育の再開を支援することは,通常の治療とリハビリテーションのプロトコールにおけるルーティンとしておく必要がある。
 就労:政府は,精神疾患を含め,障害がある人の雇用へのアクセスを改善することを狙いとして,近年強力な変革を行なった。例えば,障害者雇用サービスやイノベーションプロジェクトへの支援などである。しかし,精神疾患を有する人たちへの支援に関しては,行政関係機関の職員の側に受入態勢ができていないことが多い。精神疾患を持つ人々に対する理解を深め,彼ら自らが仕事への準備を行い,仕事を見つけ,就業場面において支援される方向で,財源の確保とトレーニングを行なうことは,喫緊の課題である。
 社会参加:オーストラリアは,精神疾患を持つ人たちの地域社会への参加を支援するための優れたプログラムを持っている。にもかかわらず,こうしたサービスが受けられるのは,ごく僅かの人たちに限られている。あらゆる行政レベルにおいて,これらが,例外的なものではなく標準的なものになるように,こうしたサービスへの投資をもっと明確にして行なうことが求められる。
 発言権:政府は,スティグマを低減させる上で大きな貢献を行なってきた。しかるに,社会における差別と偏見は,いぜんとして根強く,権利回復手続には改善が認められなかった。人権機関においては,精神疾患を持つ人々への支援レベルの向上に加え,サービス内容の改善が喫緊の課題である。障害者差別禁止法も,合法的に彼らが差別されてしまう隘路があるために,改正が必要である。
(SANE紀要No.12からの要訳 マインドファースト通信編集長 花岡正憲)
第71回理事会報告
日 時:2011年10月17日(月)18時30分〜21時00分
場 所: 高松市男女共同参画センター 第7会議室
事務連絡および報告に関する事項:省略
第1号議案 2012年度香川県地域自殺対策緊急強化基金事業について:担当理事から概算要求時点における説明があり,今後,理事会において,申請書の提出までに詳細の再検討を行うことで承認された。
第2号議案 オフィス本町管理運営規則等について:担当理事から「オフィス本町」管理運営規則(案),「オフィス本町」使用規則(案)並びに「オフィス本町」使用細則(案)が示され,審議が行なわれた。
第3号議案 ファミリーカウンセラー資格更新について:ファミリーカウンセラーの資格更新について,家族精神保健相談員認定規則第7条に定める「資格の取り消し等」の見直しの観点から審議が行なわれたが,ファミリーカウンセラーの資格更新は,本来の趣旨からして「資格の取り消し等」の改定により定めることにはなじまず,むしろ「資格の喪失」に該当するため,資格更新のための研修を具体化することで了承された。
 編集後記: WHOの2001年世界保健デーの主題はメンタルヘルスでした。その時のスローガンは“Stop exclusion−Dare to care” (排除をやめてケアに取り組もう)で,偏見とスティグマ是正への意志を宣言したものでした。以来10年,受動的な所得再分配政策や社会的保護システムの比重を少なくして,「人びとに投資し能動的な福祉国家」をめざすことを理念とする「社会的包摂(inclusion)」政策が世界各国で展開されていますが,課題も少なくないようです。(H)