母親の不形成なアタッチメント

マインドファースト認定ファミリーカウンセラー 上田ひとみ

メンタルヘルスを考える中で,アタッチメント(attachment 愛着)の問題は重要な課題です。その中でも,母親の不形成な愛着は,子供の心の発達に大きな影響を与えます。母親の愛着が育っていない状態で子供に愛情を伝えることは,愛着理論では難しいとされています。そのため,愛着障害は世代連鎖します。

アタッチメントとは,イギリスの児童精神科医であるJohn Bowlby ジョン ボウルビィによって提唱され,人が特定の他者との間に築く緊密なエモーショナル・ボンディング(emotional bond 情動的絆)のことをいい,人間の生涯にわたるパーソナリティや社会的適応性などにいかに影響を及ぼすかを問う発達理論であり,愛着理論ともいいます。

まず,アタッチメントが形成される始まりの時期に焦点を当てて見ます。

妊娠が分かり子供はまだ胎児の状態,妊娠の経過と共に,母親の母性は自然と育っていくと思われていますが,アタッチメント不形成の母親は,胎児に対し愛情が持てず,虐待やネグレクト(育児放棄)な一面をこの頃から見せ始めます。妊娠期の母親のアタッチメントは,胎児の心身の発達にとても重要な影響を与えます。具体的に,Aちゃんの事例(注:これは仮想事例です)を通して紹介したいと思います。

Aちゃんの母親は妊娠中から,Aちゃんを出産することをとても恐れていました。母親は,上の子とAちゃんの間にも流産を経験しており,Aちゃんがお腹の中にいる間

に,何度も転倒をするなど,自ら流産を望む行為を繰り返していました。そのことは,Aちゃんが物心がつく頃に,「あなたを産みたくなかった。何度も転んだけどあなたは生まれてきた。お陰で,お産のときに臍の緒が首に絡まり出産が大変だった」とAちゃんに話しています。その言葉は,Aちゃんの心を深く傷つけます。幼少期もAちゃんの母親は,夜は仕事のためほとんど不在でした。Aちゃんは,ひとりでお留守番をすることが多く,それはAちゃんにとって寂しい経験でした。当然あったはずの温かい食事の団欒や入浴や更衣の世話など,Aちゃんが安心できる環境は失われ,アタッチメント形成も不完全に終ります。

アタッチメントの形成は,乳幼児より前の胎児期から始まっています。胎児期は,母親のお腹の中で丸くなり羊水に守られています。Aちゃんの母親のように,胎児に愛情を持つことができず,妊娠中から転倒を繰り返すなど,その行為や母親の感情は,血圧,脈の速さとして胎児の臍帯より伝わり,胎児は自らを守るためにさらに丸くなり全身に力をいれ緊張体勢となります。周産期死亡の原因に,母体側のストレスが胎児に影響することは,学術的にも報告があります。ここでは,詳しくは触れませんが,母親がストレスを感じると自然に力が入り,全身の筋肉が硬直状態になります。胎児への栄養は臍帯血に含まれて血管を通って送られるため,血管を動かしている筋肉が硬直すると血流が悪くなり,胎児へ栄養が供給されにくくなります。ストレスにより自律神経も血管を縮めてしまうので,さらに栄養が届きにくくなります。また,脳神経路の未発達な胎児時期の母体からのストレスは,その後の脳機能形成に影響を与えるという研究報告もあります。このように,母親のネガティブな感情やストレスは胎児の成長発達に影響←


→し,流産や出産近くであると早産や死産になる場合もあります。

母親は通常妊娠することで,女性ホルモンが変化しオキシトシンが分泌され母性感情が育っていきます。オキシトシンは,不安やストレスを軽減しアタッチメントに関係の深い役割をします。母親自身のアタッチメントが不形成であると,妊娠を心から喜ぶことができず,胎児を受け入れられない否定的な感情が沸き上がります。その感情は,子供を愛したいという自然な母性感情と相反するため母親も心理的葛藤を繰り返します。そして,Aちゃんの母親の様に,流産を望むような行動をしたり,無事に生まれてきても子供を愛することが難しく,ネグレクトや心理的・身体的な虐待へと問題を大きくしていきます。アタッチメントの形成には,この時期に無条件に愛され,暖かい環境の中で養育される関係性がとても大切です。

しかし, 事例のAちゃんも,その後の成長の中で,自分は生まれて来なければよかったと思うようになり,寂しさと生きづらさを抱えます。アタッチメント形成は,子供が生まれてきて初めて出会う重要他者との関係性であり,重要他者との安定したアタッチメントは内在化されます。愛されなかった経験では,このアタッチメントの内在化が不形成に終わっています。そして,人との関係に絶えず不安や不信感を持つことになり,友達や恋人との関係を含め,人間関係の基礎となる信頼関係を築くことができません。成功しない関係性の反復は,失望と挫折を味わい生きる力を失っていきます。そして,低い自己肯定感から自分であることさえも否定し,Aちゃんの様に生まれて来なければよかったという感情が生まれ,アタッチメントの世代連鎖が伺えます。

心のケアに携わるものとして,アタッチメントの問題を抱えた子供の心のサポートも大切にしたいですが,子供だけに焦点を当てるだけでは問題は解決しません。メンタルヘルスを早期に考えるためにも,母親自身の不形成なアタッチメントにおける心理を理解し,妊娠初期から苦しむ母親の心に寄り添うことが,何より次の世代のアタッチメントの問題を解決すると考えます。(本文に出てくる事例は,愛着障害について理解を助けるための仮想事例であり,相談支援の対象となった実際の事例とは関係ありません)

第217回理事会報告

日 時:2022年3月14日(月)19時00分~21時00分
場 所:マインドファースト事務局オフィス本町 高松市本町9-3白井ビル403

事務連絡および周知事項,報告事項:省略

議事の経過の概要及び議決の結果

第1号議案 会計に関すること:島津理事長から説明資料を基に報告があり承認された。

第2号議案 オオツカ マサヒロ氏の寄付に関すること:2021年12月23日付で法人の百十四銀行口座にオオツカ マサヒロ名で50万円の振り込みがあった。百十四銀行高松支店に確認をとったがオオツカ氏の意向で住所は伏せられ,「陰ながらお応援しています」と伝言があった。

2月23日百十四銀行高松支店にお礼状を渡して欲しいと依頼したが銀行より断られた。以上の経緯が理事長より報告された。寄付者が特定できない状況では寄付と確定できないため,寄付と判断できる認定作業をしておく必要がある。花岡がお礼状と通帳の依頼に口座店の百十四銀行高松支店に赴き確認作業を行ったうえで報告書を作成する。以上が承認された。

第3号議案 「居場所づくり事業」に関すること(事前配布資料有):(1)REPOSに関すること ➀HP掲載原稿のお問い合わせ先に関してはMailを削除し,ルポ担当窓口のみとするが電話受付担当と相談する。②四番丁コミュニテイセンター利用団体登録申請書を確認した。③スタッフについては上田ファミリーカウンセラーが担当スタッフに加わることで3名になるため,今後はローテイションを組み毎回スタッフ2名で担当する。上田ファミリーカウンセラーには本日付けで委嘱状を出す。以上が承認された。(2)リトリートたくまに関すること スタッフの旅費に関してはこれまでは県の補助金要綱に基づいて,公共交通機関の料金での支払いを行ってきたが,4月からは距離に基づいて(キロ20円)支払うことで承認された。

第4号議案 2021年度香川県自殺対策強化事業に関すること:花岡作成のファクトシート「大規模災害とメンタルヘルス(案)」を全員で検討した。年度内に業者SBFに1万部発注し,発注並びに費用に関して花岡が担当することで承認された。

第5号議案 オンライン会議のネットワークの構築に関すること:継続審議とすることで承認された。

第6号議案 来年度事業に関すること:①来年度総会は6月とする。②ファミリーカンセラー養成講座・基礎コースは総会後に実施の方向とし,場所は丸亀町レッツを検討することで承認された。③次回理事会は4月11日とし,来年度事業,理事会の在り方等を検討することで承認された。

編集後記:他人の心の中で起きていることは,視覚化することはできません。しかし,他人の心の光景(mental picture)を創り出すことはできます。ほとんどの人が,他人の態度・行動とその内的感情を結びつける能力を持っています。ヒトをはじめ,霊長類などの高等動物には,他人の行動を自分の行動のように感じ取らせる神経細胞があることが明らかになっています。他人の行動を見て,あたかも自分が同じ行動を取っているかのような反応が起きることから,ミラーニューロンと呼ばれ,これが共感能力を司っていると考えられています。こうしたことから,トラウマ(心の傷)は,わが身が脅威にさらされた時だけでなく,他の人に起きる脅威を見聞きすることによっても起きます。いま世界中の多くの人たちが,耐えがたい事実を目の当たりにして,深く傷ついています。すでにメンタルヘルスの問題を抱えている人は,さらなる苦痛を感じ,症状を悪化させかねません。戦争の脅威はいずれ去っても,傷が癒えて行くには時間がかかります。経済援助,避難民の受け入れをはじめ,ウクライナの人々を支援するさまざまな動きが広がっています。戦場,劇場,世界中の街角,ネット上などで,ウクライナ国歌を歌い,ウクライナ国旗を象徴する青と黄のグッズを身につけたくなる。死者の鎮魂,停戦・和平の願いなど,苦境にある仲間を思いやることは,自分自身の傷を癒すための心の営みでもあります。ヒトは,お互い助け合うこともあれば,殺戮を行うこともある。こうした矛盾した存在にとっての唯一の救いは,大きな喪失の中にあっても,再生に向けて癒しの過程がすでに始まっていることだと思います。(H)