オープンダイアローグ

私たちの社会における可能性

1990年代から世界各国で,初回精神病エピソードにおいて,会話(talk)を大切にして,薬物投与と入院を低減するためのプロジェクトが進んでいる。その成功例の一つとして, 2005年10月,家族療法家のリン・ホフマンは,日本で行われたワークショップで,calcification(石灰化)を溶かす会話についてふれ,1992年から,フィンランド西ラップランドで行われた精神病発症リスクのある若者に対するヤーコ・セイクラ(Jaakko Seikkula)らのオープンダイアローグアプローチ(ODA)を紹介した。

マインドファーストは,2007年3月刊行の『初期精神病早期支援の手引きー家庭医とプライマリケア関係者のためにー』の中で,ODAの今後の展望について触れておいた。

ODAは,会話療法(talking-cure)の一つで,家族療法と心理療法のトレーニングを受けた危機介入チームが,速やかな初期介入を行ない,患者や家族や関係者が体験している困難や患者の病的な行動について,メンバー相互間の語りかけと傾聴をとおして,関係者の間で新たな理解と文脈を構築するというものである。

具体的には,患者と家族を含めた治療チームの間で,ある事柄についての様々な角度からの意見が交わされるなかで,一見不健康であるとか危険であると思われることが,必ずしもそうではないという意味づけを引き出す方法である。

ODAでは,①援助の即時性(Immediate Help)②ソーシャルネットワークの視点(Social Network Perspective)③柔軟性と機動性(Flexibility and Mobility) ④責任性(Responsibility)⑤心理的連続

性(Psychological Continuity)⑥不確実性に対する耐性(Tolerance of Uncertainty)⑦対話主義(Dialogism)の7つの指針が示されているが,実践における柱は,次の5つに集約される。

(1)精神的情緒的危機状態において24時間以内に対応する。

(2)ソーシャルネットワークを大切にし,初回からの家族と学校,職場,地域等の関係者が参加する。

(3)家庭訪問によって入院を回避し,特に初回面接は患者の家で行なう。

(4)拙速な診断と抗精神病薬の使用は行なわず,少なくともはじめの10~12日は,毎日接触を保つ。初回面接で薬物の投与は開始せず,開始前に最低3回の面談を行なう。

(5)治療面接における対話主義ないし対話式討論法(dialogism),いわゆるオープンダイアローグ(OD)によって,以下の要領で問題理解のコンテクストを改善する。

  • チームメンバー全員が参加して,危機をもたらした家族の生活上の変化や出来事に関する情報を収集する。
  • 面接場面における患者,家族,チームメンバーの関係づくりとオープンな意見交換を大切にする。
  • メンバー相互間の語りかけと傾聴をとおして,患者と家族が抱える問題や困難を語り合い,関係者の間で新たな理解と意味づけを構築する。
  • 患者の退行した心理ではなく,大人としての側面に働きかける。

わが国において,ODAが利用者本位のヘルスケアスキームの一つとして根づくためには,いくつかの課題もある。

日本は,多剤大量投与と精神科病床数の多さでは,世界の中で際立っている。こうした中で,ODAは,←




→病床削減につながるのではないかと期待する向きがある。イタリアでは,患者の話に耳を傾け,要求を一つひとつ実現していくなかで,長期入院者の退院を促進するという精神科病院内部からの改革が起きた。脱施設化を促進する上で,精神医療現場における会話の質の変化があったとは言え,それだけで脱施設化や精神科病床の削減が進むわけでなかろう。欧米諸国で20世紀半ばから進んだ脱施設化は,今日すでに完了しており,いずれも政策的判断によるものであった。

精神保健サービスは,患者,家族,精神保健従事者など関係者のニードがあって成り立つものである。手近なところに精神科病院があると,使い勝手が悪くても使いがちになる。精神科病床の削減が遅々として進まない我が国において,ODAが新しいニードとして育っていくかどうかは疑問である。

ODAはこの数年,学会や学術誌でも取り上げられることが多くなっている。こうした中で,「オープンダイアローグ的」相談支援の試みが,実践場面でも広がりつつある。

ODAは,家庭訪問や危機介入なども含め,複数のスタッフで行われるものである。一回のセッションも長時間を要する。一方,新しい治療法に耳目が集まると,医療関係者は保険診療への導入を急ぎがちになる。こうした中で,今後「オープンダイアローグ的」なるものが主流となっていく懸念がなくもない。まかり間違っても「簡易型オープンダイアローグ療法」などと言った名称で保険適応化する拙速は避けたい。これでは,理念もプラクティスも,およそ似て非なるODAのガラパゴス化になってしまう。

そもそも,ODAを精神医学ないし心理学分野における画期的な技術革新と見なすことへの基本的な疑問もある。ODAの実践は,ロシアの哲学者・思想家のミハイル・M・バフチン(1895- 1975)の対話主義(dialogism)とポリフォニー(多声言語)の影響を受けている。バフチンは,真理は,多次元的・多視点的表現の中にあると言う。民衆的言語は,人々を規範から解放し,世界を身近で馴染みのあるものにしていくと言う点で,全体主義や支配者のモノローグへの異議申し立てでもある。

わが国の精神医療現場やネットワーク会議など,相談支援活動における会話の質を変えると言う意味では,対話主義の視点は大切であろう。しかし,入院の回避と薬物の低減は,通常の外来診療やカウンセリングルームでの対話主義だけで実現するわけではない。一方,ODAの指針のすべてを満たしていなければ,効果が期待できないと言うもの

でもなかろう。むしろ,危機介入における電話相談,緊急相談,アウトリーチなど,機動性や柔軟性などが,従来型相談支援のコンテクストを変え,アウトカム(転帰)を左右する要素であることを忘れてはならない。

(マインドファースト通信編集長 花岡正憲)

第158回理事会報告

日 時:2017年8月7(月)19時00分~21時05分
場 所:マインドファースト事務局オフィス本町
高松市本町9-3白井ビル403
事務連絡および周知事項,報告事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果

第1号議案 今年度の役割分担(事業担当)に関すること: 理事の交代に伴い,2016年度の役割分担表を踏まえ, 2017年度の「担当理事」の見直し(一部暫定案 別表あり)を行なった。なお,「担当者」については,別途ファミリーカウンセラー会議に置いて協議することで了承された。

第2号議案 ユーザーの居場所作り事業に関すること:担当理事の交代に伴い,本事業企画運営委員会の開催が行われていなかったが,すでに,2017年度企画運営委員の委嘱は完了している。今年度の主たる事業課題は,カフェスタイルの居場所の開設である。前任担当理事花崎から業務の引継ぎを行なった上間理事が,理事長名で企画運営員と理事の合同会議の招集を行なうことで了承された。

第3号議案 子供の喪失体験の支援に関するファミリーカウンセラーを対象とした研修に関すること:新規事業であることから,担当理事の柾が研修骨子案をファミリーカウンセラー会議に提示することで了承された。

第4号議案 オフィスの清掃に関すること:外来者接遇の観点から,公共空間である相談室については,基本的には相談担当者が整理整頓を行なうこと,トイレについては,現在,利用頻度が少ないとは言え,最低2週間に1回は,清掃を行うこと。

第5号議案 オフィスの活用に関すること:特定非営利活動法人マインドファースト「オフィス本町」使用規則,同使用細則,同管理運営規則等(2011年12月12日施行 ホームページ会員サイトに掲載)に基づき行うことを確認した。

編集後記:WHO(世界保健機関)は,自殺報道に関して,以下のことを控えるようにメディアに向けの提言を行なっています。①写真や遺書を掲載する②自殺方法を詳しく報道する③原因を単純化して伝える④自殺を美化したり,センセーショナル(扇情的)に報道する⑤宗教的,文化的な固定観念を当てはめる⑥自殺を非難する,と言うものです。9月1日は,1年のうちでも若者の自殺が突出して多い日になっています。先日,あるテレビ局のニュース番組で,2人の若者の自殺に関する報道がありました。ニュースキャスターは,この2人の自殺について,自殺の方法や場所など,具体的に報じておりました。特に若者の自殺は,自殺の誘発を招きやすく,自殺場面をリアルにイメージしてしまう報じ方が,若者にとっては,扇情的になってしまうことに留意しておく必要があります。キャスターは,単に決められた原稿を読むのではなく,取材権や編集権を持っています。(H.)